海外で暮らすようになって、自分の身体に対する見方がかなり変わりました。

もちろん、海外に行ったから突然すべてのコンプレックスが消えたわけではありません。
そんな便利な入国スタンプはない。笑

でも、日本を外から見る時間が増えたことで、
「私がずっと当たり前だと思っていた“綺麗な身体”って、本当に私自身が決めたものだったのかな?」
と考えるようになりました。

世界、思っていたより「細さ選手権」してなかった

日本にいた頃の私は、女性の身体を見るときに「細い」ということをすごく重要視していました。

脚は細い方がいい。
体重は軽い方がいい。
服のサイズは小さい方がいい。

もちろん誰かに毎日そう言われていたわけではありません。
でも雑誌やSNS、友達同士の会話の中で、
「痩せた?」
が褒め言葉として使われる環境に長くいると、いつの間にか自分の中にもその基準ができます。

海外で生活するようになって、いろんな女性を見るようになりました。

筋肉のある身体。
大きなお尻。
しっかりした太もも。
胸もお腹もある身体。

そして、そういう身体で堂々とタイトな服や水着を楽しんでいる女性たち。

そこで初めて、
「あれ?もしかして細くないと、この服着ちゃダメなんてルールなかった?」
って思ったんです。

世界、私が思っていたほど細さ選手権してませんでした。笑

「身体」より、その身体をどう扱っているか

海外にいると、身体のサイズそのものよりも、
その人が自分の身体をどう楽しんでいるか
に目がいくことがあります。

身体のラインが出る服を着る。
ビキニを着る。
踊る。
好きな服を堂々と楽しむ。

もちろん海外にも体型コンプレックスはあるし、ダイエット文化だってあります。
だから「海外はみんな自己肯定感が高い、日本は低い」みたいな単純な話ではありません。

ただ、私自身はいろんな身体・いろんな価値観を見ることで、
“綺麗”の選択肢が増えました。

細い女性も綺麗。
筋肉のある女性も綺麗。
曲線のある女性も綺麗。

そしてその中から、
「じゃあ私は、どんな身体が好きなんだろう?」
と考えられるようになった。

これは私にとってすごく大きな変化でした。

自分の身体を、他人の基準で監視していた

昔は、
「こんな服を着たらどう思われるかな」
「この身体で水着を着ていいのかな」
と考えることがありました。

でも最近思うのは、
他人にジャッジされるのが怖いようで、実際には
“他人の目を借りて、自分で自分を監視していた”
部分もかなりあったんじゃないか、ということ。

誰かに何か言われる前から、
「この歳ではダメ」
「この体型ならダメ」
「もう少し痩せてから」
って、自分で自分にルールを作っていた。

でも国を変えれば、そのルール自体が存在しなかったりする。

そう考えると、
「じゃあこれ、誰のルールなんだ?」
ってなります。笑

海外に出て、自分の選択肢が増えた

私は海外の価値観がすべて正しいとは思っていません。
日本に帰るたびに、日本の良さもたくさん感じます。

でも海外に出たことで、
一つの価値観だけを“正解”だと思わなくなりました。

これは身体についてだけではありません。

年齢。
仕事。
恋愛。
女性としてどう生きるか。
幸せって何なのか。

世界には、自分が思っていたよりずっとたくさんの生き方があります。

身体も同じ。

47kgにならなきゃいけないわけじゃない。
脚が何cmじゃなきゃいけないわけでもない。
この年齢だから、この服を着ちゃいけないわけでもない。

選択肢をたくさん知った上で、
「私はこれが好き」
って自分で選べること。

それが私は、すごく自由だと思っています。

「綺麗」の基準を、自分に戻す

今の私は、昔より体重があります。
でも昔より身体のラインを楽しんでいるし、好きな服も着る。

水着だって着る。
お腹も出す。
むしろ普通に出してます。笑

それは、「誰から見ても完璧な身体になったから」ではありません。
そんな日は多分一生来ない。

そうではなくて、
自分の身体をどう評価するかを、自分に戻せるようになったから。

海外でいろんな人や価値観に触れたことで、私は少しずつその感覚を持てるようになりました。

だから私は、世界を見ることが好きです。

違う文化を見ると、自分の中の「当たり前」が揺らぐ。
そしてその隙間から、
もっと自分らしい選択肢が見えてくる。

身体についても、人生についても。

私はこれからも、
誰かが決めた「綺麗」だけではなく、
自分自身が心から「これが好き」と思える身体を楽しんでいきたいです。